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東松山焼鳥組合は名物味噌だれやきとりの伝統を守り続けます。

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新着情報・FAQNEWS&FAQ

新着情報


2015年11月17日
当ホームページの更新情報はフェイスブックにて掲載いたします。
2005年4月18日
東松山焼鳥組合は飲酒運転撲滅キャンペーンを全面的に支持いたします。組合加盟店はお車でご来店のお客様へはアルコールの販売を致しません。ご協力お願い致します。

(FAQ)

 豚肉なのに「やきとり」と呼ぶのはなぜですか? 
 東松山では昭和20年代後半に、寄居町ではこれも早く昭和20年代半ばに屋台営業のホルモン焼きの「やきとり屋」が在り、在日韓国・朝鮮人の店主たちが屠場の仕事を手伝い豚肉(内蔵)を分けて貰っていました。当時捨てていた頭の肉をこそぎ落とし串に刺し炭火で焼いて酒のつまみにしました。それから現在に至るまで「やきとり」と呼んでいます。
 豚肉を使う以上「やきとん」と呼び方を変えてはどうですか?
 東松山の焼鳥はその始まりから「やきとり」と呼ばれ続けています。東松山の焼鳥は食文化として根付いており、地元の店主や焼鳥ファンは「焼きトン」と呼ばれると不愉快に感じる者もいるほどです。東松山以外の東松山風やきとりの関係者は「やきとん」と言います。東松山の焼鳥に愛着がない証拠です。また、辞典や東松山の焼鳥を知らない人などが豚肉を使うから「やきとり」とひらがなで書くなどと、いかにも本当の話の様に発信していますが、こと東松山では事実無根の話です。屋号やメニューに漢字よりひらがなの方がしっくり来るからと言う程度の事で、至極、自然と「やきとり」と書いています。
 東松山焼鳥のルーツ・味噌だれのルーツは?
 東松山焼鳥のルーツは朝鮮半島に在ります。在日韓国・朝鮮人の方々の故郷の味、それが味噌だれのルーツです。そして、かしら肉とのマッチングがヒットメニューの誕生につながり後の紀州備長炭の使用と相まって庶民派の食文化として発展して行きました。つまり、日本と朝鮮半島の食文化が融合して東松山の焼鳥が完成したのです。
 東松山の焼鳥が発展した理由・組合の役割
 東松山の焼鳥は東松山市と共に発展して来ました。戦後復興から好景気を迎え、東上線の複線工事や戦前に軍需産業誘致した企業を軸に自動車部品産業が隆興。また、大東文化大学の建設工事など、昭和30年代後半から街が活況を呈する中、多くの職人や会社帰りのサラリーマンが焼鳥屋の暖簾をくぐりました。このような状況のもとで昭和37年に結成した当組合は、かしら肉の公正な取引の保持と最低販売価格を組合加盟店で設定し同業者の不毛な争いを排除、共存・共栄を確保しました。また、加盟店に対して衛生関係の指導を行い更に福利厚生も実施しました。
 やきとりの食べ方にうるさいのはなぜ?
 不愉快な思いをされた方にはお詫び申し上げます。お皿にタレを塗り拡げて焼鳥につけて怒られた方が多いと思います。串焼きの食べ方の一つとして焼鳥にハケ等で味噌だれを塗って食べて頂くのが東松山の焼鳥のスタイルとご理解ください。